三番目の遺産『悪夢と婚姻せりし者への婚約指輪』を破壊して一月経った。
その間、俺は有彦から送られてくる情報を元に調査を続けている。
しかし、三十近い情報はどれも遺産とは関係無いものばかりだった。
「・・・ふう・・・今回も外れか・・・」
「兄様・・・大丈夫ですか?」
屋敷に帰ってきた俺に沙貴が紅茶を出しながら心配そうに見る。
「ああ大丈夫だって沙貴。考えてみれば最初の情報で遺産を見つけられた事が幸運だったからな。もう少し腰を据えてかかるさ」
「志貴様、ですが少し休まれてはいかがでしょうか?」
翡翠もまた俺を心配そうに見る。
「そうですよ志貴さん。余り無理をすると肝心な時に体の調子を崩されますよ」
琥珀さんも咎める様に言う。
「うーん、それは分かっているんだけど」
「志貴、私から見ても最近過剰に動きすぎです。そろそろ休暇も必要かと」
シオンの言葉に自分の行動を思い起こした。
確かに・・・ここ最近ゆっくり体を休ませる事をまるでしていない。
調子も悪い以上これ以上無理をしても仕方ない。
琥珀さんの言う通り、それこそ遺産との闘いで調子が悪くて敗れるなんて洒落にもならない。
「そうだな・・・確かに少し根を詰めていた所があったからな・・・よし一・二週間休暇をとって・・・」
「「「「「「「「私と一緒にいるんですよね??」」」」」」」」
次の瞬間今まで今にいなかった筈のアルクェイド・先輩・秋葉・レンが突然現れ沙貴達と同時に同じ言葉を言った。
まあ、予想は出来ていたが・・・それだと休暇にならないな(一部は除く)・・・しかしどうせ、隔離してもついてくるから・・・よし
「そうだな・・・『騒がない・暴れない・仲良くする』この三点を守れるなら八人全員で温泉に行こうと思うんだが・・・」
「えーーーっ!!!志貴〜二人っきりで行こうよ〜」
「アルクェイド、そんな事言うと計画自体取り止めるし、その休暇中何処にも付き合わないけど?」
「うう〜それはいや〜」
「別に誰か一人のけ者にする訳じゃないから今回はこれで納得してくれ。それと、現地でも騒動を自分から起こしたら、帰ってもらうから」
「ですけど兄さん、相手から起こした場合にはどうされるのですか?」
「相手がこの中の誰かだったら一緒に帰ってもらうし、死徒なり埋葬機関が来たらそいつらにそれ相応の代価を支払ってもらう・・・と言う事で少し旅館を予約してくるから少し出るよ」
それだけ言うと、俺は屋敷を出て、旅行代理店に向かう事にした。
(しかし志貴、いつものお前らしからぬ強気に出たな)
(仕方ありません。あれ位言わないと、向こうで騒ぎ起こすんですから)
(それも道理か・・・)
代理店で俺は早速、手頃な距離と値段のパック旅行を七泊で取った。
今がシーズンでも無いと言う事もあり容易く取る事が出来た。
何よりも・・・
(部屋が全員一つか・・・)
(これが一番良いです。下手に二人部屋だの一人部屋にした時には・・・)
(そうだな無用の騒動の種は取り除いた方がいいからな。で志貴、今回『凶断』・『凶薙』は?)
(今回はゆっくりと休ませます。あの二本はこれから先も頑張って貰わないといけませんから)
(それが正解だ。しかし、出発が三日後か・・・その間どうする気だ?)
(そうですね・・・シオンと沙貴を連れて街を案内するか・・・)
(良いんじゃないかそれは。しかし残りの連中はどうする気だ?)
(おとなしく待っていてもらいます)
(言う事聞くと思うか?)
(・・・ははは・・・鳳明さんも分かってきましたね)
(当然だ。あんな騒ぎを毎度毎度見せられては理解も出来る)
(まあ、何とかします)
屋敷に帰り、早速皆に旅行の旨を伝える。
「えぇ〜こんなバチカン女と一緒なの〜」
「どうして私がこんなア〜パ〜吸血鬼となんかと同じ部屋に・・・」
「兄さん!!どうして全員同じ部屋なんですか!」
当然の如くアルクェイド・先輩・秋葉が猛反対した。
「「「それよりも志貴(七夜君・兄さん)!!私と二人っきりの部屋に!!!」」」
「言っとくが、これで納得しないんだったら旅行は取り止める。俺はあくまでも皆とゆっくりと休養したいから提案したんだ。向こうでも同じ事をやるんだったら、むしろ屋敷なり七夜の里で誰とも付き合わずに一人で休養していた方がよほどましだからな」
そう言うと懐から携帯を取り出し、代理店にキャンセルの電話を掛けようとすると、あわてて
「し、志貴!!大丈夫だから!!私は納得してるよ!!!」
「そ、そうですよ!!!七夜君」
「わ、私はただ全員同じ部屋の訳を知りたいだけですから!」
誰とも付き合わないの言葉に焦った様に三人が慌てて俺を止める。
「全員同じ部屋にしたのは、下手に分けても部屋分けで揉めるのは眼に見えているだろ?それで旅館を破壊なんかしらその主人に失礼極まりないだろ?」
「むぅ〜志貴私達ってそんなに見境無く暴れるように見えるの?」
「今までの前科並びに被害を全て並べてやろうか?それこそ二・三日かかるが」
「「「ううっ・・・」」」
「と言う訳だから、出発は三日後、それまでに準備をしていてくれれば良いよ。ああ、それと沙貴、シオン」
「はい?兄様」
「志貴どうかしたのですか?」
「街の案内してやるから都合の良い日を言ってくれ」
「「えっ?」」
「「「ええーーーーーーー!!!!」」」
しかし・・・アルクェイド達って肝心な所じゃ息をぴったり合わせるな・・・本当は仲良いんじゃないのか?
「私も志貴と行く〜〜〜」
「お黙りなさいこのア〜パ〜吸血鬼!!!七夜君と行くのはこの私です!!」
「ちょっと!!そこの未確認アーパー生物に元なんちゃって女子高生!!!兄さんと出掛けるのは私です!!」
そう言いながら言い争いを始めてしまった。
「・・・沙貴、シオン・・・これから行くか?」
「そ、そうですね。直ぐに準備します」
「ああ、シオンは?」
「確かに直ぐに出た方が良いかと思います」
「じゃあ、そう言う訳だから・・・翡翠、琥珀さん、少し出掛けます。夕方には戻ると思いますので」
「はい、畏まりました」
「秋葉様達には説明しておきますから〜」
「はいお願いします」
なんだかんだ言って、俺達三人は屋敷を出て、沙貴とシオンに街の観光案内を行っていた。
「それにしても改めて見ると大きな街なのですね」
「あれ?シオンあの時は・・・」
「あの当時はタタリを追うのに精一杯でここを見る余力は無かったですから・・・」
「なるほどな・・・」
「あら?兄様、あの高いビルは?」
「ああ、あれは『シュライン』だよ」
「志貴『シュライン』とはあの?」
「そう、あの『シュライン』。今は上部にいろいろな会社の総合オフィスがあって、下部はデパートになっている。ついでだから見ていくか?」
「そうですね」
「はい、参りましょう。兄様」
なんだかんだで。準備やシオン達に街を案内したりと三日が過ぎて、俺達九人は予約を取った旅館に静養に向かった。
無論だが、二年前の『七夜の森』の訪問と同じく列車での旅だ。
「そういえば七夜君、今回はどこに向かわれるのですか?」
「ああ、今回は長期滞在の為の宿があるって話を有彦から聞いてね、この機会に言ってみようと思ってね」
ちなみに今回上手く予約を取れたのも腐れ縁の悪友のつてを借りた事は秘密だ。
「へえ、そうなんですか?そう言えば乾君は元気ですか?」
「ええ、今も時々会いますけど、どんな仕事で生計を立てているのかは不明ですが元気でやっていますよ」
本当にあいつは探偵・情報屋以外ではどんな仕事で生計を立てているのであろうか?
俺も不思議で仕方がない。
「ねえ〜志貴すごいよ〜」
「うわ〜すごい渓谷ですねぇ〜」
そんな声に全員誘われてその渓谷を車窓から眺める。
今の所は大丈夫そうだ。
目的地に着いた俺達は、その後散策をしながら夕方には目的地の宿に到着した。
「すいません予約を入れた七夜です」
「あらあら、ようこそおいで下さいました」
「はいはい、お待ちしておりました。七夜様九名様ですね?」
そう言いながら現れたのはいかにも人の良さそうな初老の夫婦である。
「はい」
「それではお部屋にご案内いたします」
そう言いながら、奥さんの方が俺達に部屋に案内する。
「どうぞこちらです。部屋は九名様用に当館で一番大きい部屋をご用意させて頂きました」
そして案内されたのは落ち着いた感じのする二十畳はあるであろう、和室だった。
「皆様のご滞在中他にご予約のお客様はおりませんので、ごゆっくりお寛ぎ下さい」
「はいありがとうございます。それでお婆さん、すいませんがお風呂は?」
「はい、温泉でしたら、一階の奥の所にございます。あと・・・申し訳ございませんが」
「??何かあるのですか?」
「はい、実はここは混浴なものでして」
申し訳なさそうに言った。
「げげっ!!!」
「ですので、お客様方お風呂の順番をお決めになられた方がよろしいかと・・・無論余計なお世話かもしれませんが・・・」
「いえ、大変参考になりました」
「そうですか・・・それはようございました。それとお食事はどうなさいますか?」
「そうですね・・・一旦お風呂に入ってから頂く事にします」
「畏まりました。では七時ごろお食事を運ばせていただきます。どうぞごゆっくりお過ごし下さい」
そう言うと、奥さんは退出する。
そして、俺は一足先に部屋に入っていた女性陣に尋ねる。
「さてと、・・・食事まで皆はどうする?」
「私は少し休むわ」
「・・・」
「レンもここで休むって」
「私と翡翠ちゃんと、沙貴さんはここの周りをお散歩してきます」
「私はちょっと館内を見てきます」
「私は調べ物を少し・・・」
「私は近くの町まで散歩してきます」
「そっか・・じゃあ俺は先に風呂に入ってくるよ」
そう言って立ち上がる俺に
「じゃあさ志貴一緒に入ろうよ〜」
このアーパー女がいきなり火種を持ち込んだ。
次の瞬間には騒乱一歩手前に事態が悪化した。
「何を言っているんですか!!このアーパー吸血鬼!!」
「そんなうらまや・・・はしたない事が許されるとでも思っているんですか!!」
更に悪化する前に俺は沈静化させるべく口を開いた。
「あのなぁアルクェイド。何の為に俺が全員の予定を聞いたと思ってる?ここは混浴だから下手に・・・??」
俺がまいたのが水ではなくガソリン・・・いやニトロ・グリセリンであったと気付くのにそう時間は必要としなかった。
「混浴・・・」
「兄さんと・・・」
「・・・志貴様と・・・ご一緒に・・・」
「あは〜志貴さんと混浴ですか〜」
「・・・(ぽっ)」
「そ、それは・・・余りに不純な・・・」
「わ、私・・・兄様のお背中をもう一度お流しします・・・」
先輩達がことごとく崩壊している。
「ねえねえ〜志貴、他の皆ほっといて入ろうよ〜」
そう言った瞬間再度の復活を果たした先輩と秋葉。
「ちょっと待ちなさい!!!」
「そうです!!兄さんと入るのは妹の私です!!」
「なによ〜!!シエルのでか尻〜妹の横暴〜」
そんな騒ぎを尻目に俺は風呂に向かう事にした。
これ以上は確実に巻き込まれるだろうから・・・
「はぁ〜〜〜〜極楽・極楽」
おれはやけに爺くさい台詞を吐きつつも、少々熱めの温泉に肩どころか下あごまで浸かりしっかりと堪能していた。
「これは・・・生き返るぅ〜今まで体に溜まっていた疲れが全部出て行くみたいだぁ〜」
そう言い、お湯をすくうとそのまま自分の顔を洗う。
「良い湯だな」
不意に鳳明さんが出て来る。
「ええ、生き返りますね」
「全くだ。志貴、今ぐらいは体を休ませろ。二十七祖すら相手にならない遺産との闘いに大分体がまいっている」
「やはりそうですか・・・」
「一月経たぬ間に三つの遺産との連戦だったからな」
「分かっていますよ鳳明さん。今回は徹底的に体を休ませます」
「ああ」
そう会話を続けた時だった。
「やっほー志貴〜」
扉が開き突然全員が雪崩れ込んだ。
無論バスタオルを巻いただけの、男にはたまらない格好で
「うわっ!!み、みみみみ皆!!何やってるの!!」
「申し訳ありません志貴様実は・・・」
「あの後皆さんで話し合いまして、いっその事全員で入ろうと言う事になりました〜」
頬を紅く染めた翡翠と真っ赤にしているけど何故か嬉しそうな琥珀さんがそう言う。
「志貴ぃ〜お風呂の嫌いなレンだって我慢して入っているんだよ〜」
アルクェイドが手を繋いでいるレンを俺の前に押し出す。
「それに個別の行動はかえって騒動が分散する恐れもあります。むしろこうして志貴と行動を共にしていた方が御しやすいのでは?」
シオンはシオンでいつも通りの口調なのにもじもじしている。
「では兄様、どうぞお背中を流します」
沙貴が嬉しそうに言うと、秋葉が噛み付いた。
「ちょっと、兄さんの背中を流すのは私よ。使用人の分際で図々しいじゃないの?」
「秋葉様〜この様な時だけ主人の威風を出すのはフェアじゃあありませんよ〜」
「秋葉様・・・姉さんの言う通りです」
「そうだそうだーこんな時だけ妹ずるいぞー私も志貴の背中流したーい」
「何言っているんですかこのアーパー吸血鬼は。七夜君の背中を流すのは他ならぬ私に決まっているじゃありませんか」
「ですが、真祖達では誰が行っても揉める元になるかと。ここは中立の私が・・・」
あっという間に喧騒が起こってしまった。
「はあ・・・」
せっかくのんびりしていたのだが・・・
やっぱりこうなる運命だったらしい。
「まあ、良いんじゃないのか?こうやって賑やかに楽しむというのも」
そんな鳳明さんの言葉が唯一の救いだった。
大騒ぎした温泉を出て、夕食は素朴なそれでいて美味しい田舎料理に舌鼓を打つ。
そんな充実した一日目も後は就寝となった。
布団の場所に関しては誰が何処の隣にで相当揉めに揉めたが、結局俺が中心となり時計回りに秋葉・レン・アルクエィド・翡翠・先輩・琥珀さん・シオン・そして沙貴となった。
「さてと・・・明日から最終日までだけど基本的に自由行動にしようと思うけどいいかい?」
就寝前の俺の提案に全員賛成する。
「それで兄様はどちらに?」
「俺は気の向くままにぶらつくさ。体を徹底的に休ませる気だから」
「そうですね」
「では七夜君、私とのんびり・・・」
「言っとくけど先輩、今回俺は二人っきりはしない。誰かと行動するなら複数か全員だから」
「そ、そんな・・・」
よよよ、と先輩が崩れ落ちるが気にしない。
更にそれを狙っていた数名も肩を落としたがそれも気にしない。
気にしていたら体が持たない。
「じゃあそう言う訳・・・!!!!!」
打ち切ろうとした瞬間、全身を駆け抜ける戦慄を感じた。
俺は咄嗟に護身用に持ってきたナイフを取り出すと窓から外を伺う。
その緊張は全員にも伝わったようだ。
アルクェイド・先輩・秋葉・沙貴・シオンは既に戦闘体勢に入り翡翠・琥珀さん・レンは下がっている。
「兄様・・・」
「ああ、わかっている。遺産じゃあなさそうだがこの気配、尋常な奴じゃない」
「この感覚は死徒ですね。それも二十七祖の上位に位置する」
「何で志貴の周りには二十七祖がこうも出没するのでしょうか?」
「気配から言って複数でしょうか?」
「ま、まさか・・・」
「どうしたんですか?シエルさん」
「う、嘘でしょう?」
「アルクェイド?」
「死徒二十七祖の中で複数で行動する祖といえば・・・」
「あいつしかいないわよ」
「あいつ?」
「第九位、『血と契約の支配者』・『黒の姫君』そしてアルクエィドの姉」
「アルトルージュ・ブリュンスタッド。なんだってここに?」
「それも護衛も二人連れてきているし、プラミッツ・マーダーまでいるみたいですね」
「そんなに強いのですか?」
「ええ、七夜君・アルクェイドでしたら何とかなるかと思いますが、私達では・・・」
「役者不足も良い所ね」
「で、では・・・」
そんな会話を聞きながら外の警戒を続けていると、
(・・・志貴)
(どうかしましたか?)
(すまん!!体を貸してくれ!!)
(えっ??・・・わ、わかりました)
鳳明さんの急な頼みに面食らったが直ぐに了承すると、身体の力を抜く。
その瞬間俺の身体の感覚が消え失せていった。
「志貴どうする?先制攻撃と行く?」
アルクェイドがそう聞くが俺にはそんな気は無かった。
あの子の目的はわかっている。
「いや・・・必要ない」
「えっ?」
「ちょっと会って来る」
そう言うと、俺は窓から飛び降り、闇の中駆け出していた。
「ち、ちょっと!!!志貴―――――!!!」
「七夜君!!む、無茶です!!!」
そんな声も聞こえたが気にしない。
(志貴すまん、後で俺から説明する・・・)
(お願いしますよ鳳明さん・・・)
暫く走ると一つ気配を感じる。
俺は立ち止まり懐かしげに呼びかけた。
「・・・スベェルデン、久しいな」
「やはりナナヤ殿でしたか・・・」
そう言いながら姿を現すのはやや痩せた長身の典型的な白人の美青年。
護衛の一人『白騎士』『フィナ=ウラド=スベェルデン』
「という事はシュトラウトもいるのか?」
「無論でございます・・・」
次に姿を現すのは白騎士とは対照的にガッチリした体型の黒髪の男。
もう一人の護衛『黒騎士』『リィゾ=バール=シュトラウト』
そして、
「・・・父上?」
その声に振り向くと大型の獣に身を守られる十四・五の女の子が立っている。
俺の娘、アルトルージュ、そしてこの子を幼き時より守ってくれた『ガイアの化身』『プライミッツ・マーダー』
俺は静かに最愛の娘の傍に来ると彼女と同じ視線まで下げる。
心なしかその真紅の眼には一杯の涙を溜めている。
「・・・アルト、ごめんな、長い間放っておいて」
その瞬間
「・・・父上・・・父上・・・父上!父上!!父上!!!父上ぇぇぇぇぇぇ!!!!うわぁぁぁぁぁぁん!!!」
堪え切れなくなった様に俺の胸に飛び込むと、わんわん泣きじゃくってしまった。
「よしよし・・・ほら、アルトもう泣くな」
おれはアルトの髪を優しく撫でて赤ン坊の様に泣く娘を宥める。
「・・・ひっく・・・寂しかった・・・寂しかったのじゃ・・・リィゾもフィナもプライミッツもいたけど・・・ぐす・・・父上も・・・母上も・・・いなくなってしまったから・・・寂しかったのじゃ・・・父上・・・」
「??アルトどう言う事だ?セルトがいなくなった?」
「ナナヤ殿・・・私がご説明します」
「シュトラウト」
「セルトシェーレ様は・・・肉体を捨て、アルトルージュ様と一体となっております」
「魂の融合か?」
「いえ、正確にはアルトルージュ様の守護神のようなものとなり、アルトルージュ様を見守っておられるのです」
「常に眠られており、アルトルージュ様すら数回ほどしか話せられておりませんが」
俺の疑問に二人が交互に答える。
「そうか・・・ごめんなアルト・・・ごめんな・・・」
「父上・・・父上ぇぇぇ・・・」
背中をさすりアルトをあやすがそこに複数の気配が近寄るのを感じ取った。
全員それを感じたのだろう。
今まで泣いていたアルトは俺から離れ、シュトラウト、スベェルデンはそれぞれの獲物を構える。
プライミッツも全身の毛を逆立て警戒している。
「!!ナナヤ殿・・・」
「真祖の姫君が来ました」
「ああ、心配するな。俺が話しをしてくる」
「えっ?」
「七夜殿それは一体・・・」
「今、この体は俺の体ではないからな」
そう言うと同時に前方より人影が現れる。
アルクェイド達だった。
「志貴!!」
「七夜君!!離れてください!!」
双方の陣営それぞれ得物を構え一触即発となった。
そんな中白と黒、双方の吸血姫が口を開く。
「アルトルージュ、久しぶりね。何の用かは知らないけど志貴から離れてとっととここから消えなさい。今だったら見逃してあげるから」
「ほほう、随分と大きな口を叩くなアルクェイド。おまけに妾に命令をしようとは・・・ずいぶんと偉くなったな・・・更に言うに事欠いて妾に父上から離れろ?・・・お主達こそここより失せ・・・」
これ以上行くと本当に暴れかねない。
俺は仲介に入った。
「まて、アルト」
「父上??どうしたのじゃ?」
「アルクェイドお前もだ」
「志貴!?どうしちゃったの?」
「アルクェイド!おそらく七夜君はアルトルージュの・・・」
「そうじゃない。俺はアルトに操られてなどいない」
「その通りじゃ!!何故妾が父上を操らねばならぬ!!!」
「ちょっと!!何兄さんを『父上』と呼んでいるんですか!!!」
「お待ち下さい皆さん」
堂々巡りかと思われたがそこに沙貴が助け舟を出した。
「もしかして・・・鳳明さまですか?」
「ああそうだ。沙貴」
「どうされたのです?どうして兄様の体を?」
「志貴には了解を得て借りただけだ。ひとまず・・・お前達全員落ち着け。順序だてて説明してやるから」
俺の一声で渋々ながら沈静化した全員に俺はひとまず経緯を説明した。
「やはりアルトルージュ・ブリュンスタッドの母親はかのセルトシェーレ・ブリュンスタッドだったんですね」
「ああ、そうだ」
「ですがそれですとなぜ真祖と黒の姫君が姉妹と・・・」
「それはアルトは俺とセルトとの間に生まれた娘であるのに対してアルクェイドはセルトのいわばクローンのようなものだ。あの当時肉体的、能力的なバランスでも真祖の中ではセルトが一番優れていたからな。だからアルクェイドもセルトの娘であると言う解釈も成り立つんだ」
「それにしても何故七夜であるあなたが・・・」
「シエル、それを言えば志貴だってアルクェイドに己の寵愛を注いでいるぞ」
「そ、それはそうですが・・・」
「ではナナヤ殿、今の貴殿の体は・・・」
「ああ、志貴という俺の子孫の肉体を一時的に借りただけの事。幾らなんでもアルトに姿だけ見せて触れさせないと言う訳には行くまい」
「父上・・・」
「ところで、アルトルージュ、いい加減志貴の膝からどきなさい」
「いやじゃ。父上のここは妾の席じゃ」
「まあまあ、アルクェイド今回はこの子の自由にさせてやってくれ」
「むぅ〜」
「まあ宜しいのでは?どうせ直ぐ兄さんに体を返されるのでしたら」
「その件なのだが・・・今回の休暇、俺としては食事を除いては志貴には魂魄の状態で休ませた方が良いと思っている」
「えーーーーっ!!!どうしてよ鳳明」
「そうです!!理由を教えてください!!」
「何故なんですか!!」
「理由か・・・お前達志貴を休ませているか?」
「「「「「「「「ええっ?」」」」」」」」
俺の言葉に全員が口を揃える。
「特にアルクェイド・シエル・秋葉。お前達の場合志貴を自分の都合のみで振り回していないか?」
「うっ・・・」
「それは・・・」
「当然でしょう!兄さんは私の・・・」
「志貴の道は志貴しか決められぬ。いかにお前達が志貴を自分と同じ道に歩ませたくても、志貴にその意思が無くてはただの苦行としかならぬ」
「「「ううっ・・・」」」
「別に志貴の肉体を永久に支配する訳ではない。今回は志貴に完全休養を与える事が先決と思うが?」
「でも・・・志貴と一緒にいたい・・・」
「心配するな。あくまでも今回だけだ。それに・・・」
俺は静かに娘の頭を撫でると、
「今まで娘に・・・アルトは一人ぼっちにさせたからな・・・今回だけでも一緒にいてやら無いとな・・・」
穏やかにそう言う。
「ナナヤ殿・・・」
「申し訳ございませぬ・・・」
「父上ぇ・・・」
そんなこんなであっと言う間に休暇も終わりに近付いた。
話し合った結果、『昼は志貴、夜は鳳明』という事でどうにか落ち着いた。
休憩も俺は昼に志貴は夜に魂自体を眠らせたので通常の休息よりも効率が良い。
休暇の最終日には志貴も俺も、体調を万全に取り戻していた。
だが、喧騒はこの旅行中ずっと続いた。
特にアルトが俺と風呂に入りたいと言った時何の違和感無くかつての様に一緒に入ったとアルクェイド達に知れた時は直接その威圧を浴びた志貴はもちろん、魂魄のみとなった筈の俺ですら消滅の危機を覚えた。
そして・・・最後の夜俺はアルトと一時の別れを告げようと、いつもの場所にやって来た。
そこにはアルクェイド達はいない。
協定で『それぞれの時間は決して干渉してはならない』と決めたからだ。
「父上!!」
元気な声を上げてアルトが俺に飛びついてくる。
「・・・・・・」
俺は黙って優しく抱き上げて頭を撫でてやる。
アルトは静かに眼を細めて俺にされるがままになっている。
「父上・・・今日母上とお話が出来たのじゃ」
不意にアルトはそう言ってきた。
「何?セルトとか?良かったな・・・アルト」
俺がそう言うと・・・
(妾は良くない。せっかくお主と会えたのにまた離れ離れとなるなど・・・)
頭に声が響いてきた。
「えっ?」
「妾じゃホウメイ・・・忘れたのか?」
その声は今度はアルトの口から聞こえてきた。
その声・・・忘れるはずが無い。
俺の妻であり・・・俺が心の底から幸せにしたいと願った群蒼の姫君・・・
「セルト?・・・セルトか?」
「無論じゃ・・・久しいのホウメイ・・・」
そう言った瞬間、唐突にアルトの体が輝き始めた。
「すまぬ・・・アルト・・・少し妾に・・・母に体を貸しておくれ・・・」
そして周囲に蒼き光が満ち収まった時、俺の胸には彼女がいた。
「セルト・・・」
「ホウメイ・・・」
後は言葉など必要無かった。
俺達夫婦は八百年ぶりの抱擁に時すらも忘れていた。
暫くして俺から離れたセルトシェーレは静かに俺に問い掛けた。
「それでホウメイ、そなたの事は後どれ位で終わる?」
「六つの遺産の内三つは既に葬った」
「そうなると残りは三つか・・・まだ先は長いな・・・」
「直ぐに終わるさ・・・セルト、あの子と共に・・・アルトと一緒にもう少しだけ待ってくれ。全てに決着を着けたらお前達の所に帰る。だからもう少しだけ・・・」
「わかっておる・・・しかし、寂しかった・・・アルトもそうじゃったろうが妾も・・・ずっとお主だけを待っておった・・・」
「わかるさ・・・アルトの眼を・・・お前の眼を見れば・・・すまなかった・・・」
再び俺はセルトシェーレを抱きしめる。
「ホウメイ・・・抱いておくれ」
その時不意に妻が言う。
「なっ!!」
俺は絶句した。
「どうかしたのか?」
「おまえ・・・今のこの体は何なのかわかっているのか?」
「????」
セルトシェーレはわからないと言う風に首を傾げる。
「今の俺達の体は他人の体。他人の体でそれはまずい」
「アルトは気にせぬと思うが」
「俺の方が気にする。と言うかそれをしたら志貴がやばい事になるからな」
「ふむ・・・左様か・・・仕方ない・・・ではせめて・・・接吻だけでも・・・」
「・・・・・・そうだな・・・それ位なら良いだろう」
そう言うと俺とセルトシェーレはあの別れの時以来の口付けを交し合った。
お互い名残惜しげに唇を離すと、妻は泣きそうになりながら
「ホウメイ・・・待っておるぞ・・・お主が戻るその時を・・・アルトと共に待っておるから・・・」
「ああ、必ず戻るから待っていてくれ・・・セルト・・・」
その言葉を最後に、俺達の実に八百年ぶりの逢瀬は終わりを告げ、俺は志貴に体を返し、セルトはアルトの中に戻って行った。
「では約束じゃぞ、全て事が終わったら父上を妾に返すのじゃぞ」
「ああ、わかっているよ」
アルトルージュの念には念を押した約束・・・と言うか契約に俺は何度も頷く。
「申し訳ございませぬシキ殿」
そう言って頭を下げるのは確かシュトラウトさんだったか・・・
「いえ、良いんですよ。鳳明さんは俺が借りているようなものですから」
そう言って俺は軽く笑う。
「ではシキ殿我等はこれで失礼いたします」
「ええ、皆さんもお元気で」
そう言うと四つの気配は消え去り夜の森の中は俺一人となった。
(すまなかったな志貴、俺の都合で色々と振り回してしまって)
体内で鳳明さんがそう謝る。
(いえ大丈夫ですよ、鳳明さん。俺も久しぶりにゆっくり休めましたし)
(そうだな・・・)
(これで遺産との闘いに再び臨めます)
(ああ、後三つ・・・そしてこれからが正念場だろうな・・・)
(はい)
そう言って俺は静かに夜空を見上げていた。
後書き
この章でほのぼのは暫く出てきません。
残り三つの遺産の戦いはノンストップで出して行きます。